請川~万歳峠 [熊野古道]
和歌山県田辺市(旧東牟婁郡本宮町)請川から山道に入り、
万歳(ばんぜ)峠へ向かう道。
この道は那智からの帰り道である小雲取越、伊勢路、本宮から速玉大社へ向かう川丈街道の共通の道、
言わば阪急の梅田-十三間みたいな所だ。
往年はきっと人の往来が激しかったに違いない。
でも、熊野古道おすすめコースみたいなのにはまず出てこないマイナーな道であるのに加え、
折からの台風12号の影響もおそらくあるのだろう。
誰ともすれ違わない・・・
請川~志古間約10kmで、すれ違った人は、
熊野古道を歩いている人2組、地元の方2人・・・
これではいくら何でも寂しすぎるよ
2月の熊野古道はまだまだ寒いが、歩くと暑くなってくるので、
冬に歩く方が好都合なんですよね。
しかも、確実に春の足音を感じることができるんだ。
2月の熊野古道は、まずは、ただただ、シダの青さ。
そのスケールに圧倒されるほど茂る。
そしてキンポウゲ科系の可憐な小さい花(たぶん節分草とか)
をよーく目をこらせば見ることができる。
とにかく、春も秋もオススメなのだが、ぜひ冬も熊野古道を歩いてほしいのである。
そして何より・・・
ボクの嫌いな蜘蛛ちゃんがいない
春の訪れをいち早く感じたい方、蜘蛛が嫌いな方は
今のうちに熊野古道をぜひ歩いてください!!!
シダ生い茂る熊野古道
キンポウゲ科系のお花
熊野古道 熊取駅~山中渓駅4 [熊野古道]
一岡神社(泉南市)にあった立派な桐。
実は同じような大きさの桐が3本あって、咲き競っていました。
この一岡神社の境内?に、海会寺という古寺の遺跡があります。
金堂と塔が並立している法隆寺式の伽藍跡や、当時の豪族屋敷跡などがあり、
遺跡を身近に感じることができます。
一岡神社の近くにある厩戸王子跡は、古道の筋から結構離れていましたが、
佐野王子跡にもあった道しるべのおかげで、楽にたどり着くことができました。
そして、古道はしばらく信達(しんだち)の街並みを通ります。
道は相変わらず普通の車道ですが、
道沿いの民家が割と往年の雰囲気を多く残しています。
信達市ノ瀬王子跡?
これは古道沿いにあるものの、全く表示が無いので分かりづらいです。
クスノキがこんもり茂っているので、多分これやろうなあって予測はつくのですが・・・
近くの人に聞いてもあんまり知らないみたいだし・・・
よく見ると、馬頭観音が祀られていて、私の持っている宇江敏勝さん監修「熊野古道を歩く」
では信達市ノ瀬王子跡には馬頭観音が祀られていると書いてあるので、多分これなんでしょうね。
一応九十九王子は神社ですが、馬頭観音が普通に祀られている。
こういうのを見つけると、明治の神仏分離以前の雰囲気を垣間見るようで、
私の熊野古道歩きのマニアックな楽しみの一つとなっています(^^ゞ
熊野古道 熊取駅~山中渓駅3 [熊野古道]
しばらく、普通の道をどんどん進みます。
関西空港へ向かう高速の下をくぐったあたりから、立派な旧家が目立つようになります。
昔の閑静な高級住宅街といった面持ちです。
やがて籾井王子跡があるといういづみモータースにたどり着く。
あいにく休日なので、誰もいない。
しかたなし、勝手に中に入る(^^ゞ
でも分からない。
あちこち探すんですが、見つからない。
そのうち別の熊野古道を歩いている方も同じように籾井王子跡を探している。
ありませんねぇなどと言ってるうちにいずみモータースの人がやってきた!
聞いてみると、店舗の更に奥にある普通の民家の庭の一番奥にありました・・・・・・・・
こんなの、聞かんと絶対に分からんよなあ・・・
っていうか、勝手に入ったら不法侵入で警察呼ばれるような所ですよ。
いずみモータースの方が休日出勤してくれて良かった~!
偶然の神様に感謝しながら、更に進みます!
熊野古道 熊取駅~山中渓駅2 [熊野古道]
熊取駅から熊野古道に向かいます。
とは言っても、大阪の紀伊路の場合、普通の道と、熊野古道との違いなんてありません。
今となってはどっちも普通の道です。
地図だけを頼りに熊野古道を探し当てるんです。
前回は道しるべは全く無しだったのでホントにそんな感じです。
今回も同じような町中をたどるルートなのであまり期待していませんでしたが、
なんと!今回はのっけから王子跡を指し示す道しるべがありました! ↓↓↓
これがあるのと無いのとでは大違い!
小さな団地の一角にあった佐野王子跡。
道しるべがなければ探すの苦労したと思います。
真新しい碑に桜の若葉が影を刻んでいました。
水筒を取りだし、しばし休憩。
幸先の良いスタートを切ることができました。
熊野古道 熊取駅~山中渓駅1 [熊野古道]
6年前に初めて通った熊野古道。
元々はホームページのネタ作りのために歩いたんですが、
今ではすっかりボクのライフワークとなっています。
その初めて熊野古道を歩き始めたところが山中渓。
それから南下し、本宮までたどり着いています。
途中から、熊野古道の出発点である渡辺津(天満橋駅付近)からも歩き始め、
今日で山中渓駅までたどり着く予定。
つまり、ここを通ると、晴れて紀伊路制覇となります!(^O^)
4月から、どうもブログに割ける時間が少なくなったので、
今までのような長いブログは難しくなりました。
ということで・・・・つづく(^^ゞ
熊野古道 和泉府中駅~熊取駅3 [熊野古道]
まずは前回の訂正。
久米田公園にあった古墳の形をした「遊具」ですが、なんとっ!本物の古墳だったようです・・・
お堀には水が無く、夏には水を張って、市民が足でも漬けられるような感じだし、
古墳本体も一般的な古墳のように木で覆われていることもなく、
まるで段ボールで滑って遊べるような感じ・・・
同じ整備をするにしても、こんな風にして欲しかった・・・↓
紀伊風土記の丘
とにかく、古道へ戻ります^^;
熊野古道 和泉府中駅~熊取駅(写真付き) [熊野古道]
通勤ラッシュよりちょっと遅めの電車に乗り、和泉府中駅に到着したのは10時前。
駅から熊野古道へ向かい、すぐにあるのが泉井上神社という神社。
この神社が経営していると思われる幼稚園が隣にあり、10時という時間帯であるにもかかわらず、
保護者の車が頻繁に出入りしていて、園舎からも子供の元気な声が聞こえる・・・そういう雰囲気の神社です。
熊野古道 和泉府中駅~熊取駅 [熊野古道]
久しぶりに熊野古道を歩いた。
と言っても、今回は大阪府、和泉府中駅から南海井原里駅周辺までの区間である。
思えば初めて熊野古道を歩いたのは2004年3月のこと。
山中渓駅から地道に歩いて、一応、本宮大社まで歩ききった。
奥駆道はもちろん、小辺路、大辺路、伊勢路はまだ全然歩いてない。
後から平行して、大阪天満橋の紀伊路出発点からも歩き始めているのだが、
今回はその続きというわけだ。
2007.1月 大阪天満橋~三国ヶ丘駅周辺
2008.9月 三国ヶ丘駅周辺~和泉府中駅周辺
と言った感じで、だいたい快速2駅分くらいの距離を一回で歩いている。
以前歩いたときのことはまた機会があれば書こうと思います。
大阪の「紀伊路」は一言で言えば、「普通の道」だ。
アスファルトで舗装されてるし、普通に車の往来もある。
全然、古道っていう感じじゃない。
それでも、所々に往年の歴史の積み重なりを感じさせる、
様々な痕跡を見つけることはできるので、それが大阪の紀伊路の醍醐味かも知れない。
だが、今回歩いた区間ははっきり言って、そんな痕跡などほとんどと言っていいほど、無い。
道しるべの類は皆無。マップがないと絶対に迷う。(マップがあっても迷いましたが・・・)
紀伊路の特徴の一つに、九十九王子社がある。
それが和歌山県内であれば、お社が無くとも、跡地に石碑の一つでも建っている。
それがこの辺の熊野古道にはない(TДT)
その惨憺たる現状を列記します。
●井ノ口王子(和泉市)
子宝地蔵という所に井ノ口王子跡と書かれた石碑が建っていた。
今回では唯一痕跡が認められた王子社。
ただし、よーく見ると、「是より南西五十米」とも書かれている・・・つまり、ここじゃないって事です・・・
●池田王子(岸和田市)
JR久米田駅裏にあったと”推定”されているも、久米田駅前の文化財マップに池田王子の名前がない!
駅裏に回ろうにも、道が複雑で、断念。
●麻生川王子(貝塚市)
三和製作所という工場前にあるとされているが、そんな痕跡はない。工場の方に聞いても、
「よく聞かれますけど、うちにはそういう跡はありません」とのこと。
●近木王子、鞍持王子(貝塚市?)
もはや、元の場所は不明。南近義神社に合祀されているということで、当神社に行くが、
別にお社が建っているわけでなく、たった一つの流造の本殿に他の実に36柱もの神様と
一緒くたに祀られている始末。
●鶴原王子(泉佐野市)
貝田町会館というところに推定されているが、何も痕跡らしきものはない。
たまたま会館に座っていたおじいちゃんに聞いてみたが、存在すら知らない様子。
とまあ、こんな具合です・・・
大阪市、堺市あたりはまだマシだったんだね。
王子社跡に少なくとも石碑は建ってたから。
あと、平日にこの辺の熊野古道を、オッサン一人が歩くのは「危険」です。
小・中学生など、登下校時間とバッティングすると、
完全に変質者を見るような目で見られます!
無理もありません。この近くの熊取町では、
以前、小学生の女の子が行方不明になり、現在も見つかってませんから。
防犯対策の新しい手法として、
登下校時間にはどこからともなく大人達が通学路に出てくる。
別にパトロールをするわけでもないんだけど、
通学路に大人の目が増えることによって、
あってはならない事件を未然に防ごうというわけだ。
そして、親たちは子供の帰りを「家の外」で待っている。
これも大人の目を増やすという目的でそうしているんだと思う。
ということで、私はそういう大人の目を釘付けにしながら、
小学生からなるべく離れて、肩身の狭い思いをしながら歩かざるを得なかったわけです。
まあ、これについては、別の効果的な防犯対策がない現状をふまえて、
町中の熊野古道を歩く際は、休日に歩くなど、何らかの配慮が必要かと思います。
結局、文字ばっかりになってしまいました・・・
次回は写真を中心に記事を書こうと思います。
つづく